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2020年03月27日
本日のコラム

今話題の映画を観てきました

先日、イオンモール福津のTOHOシネマで今話題の映画「Fukushima 50」を観て参りました。

2011年3月は、私は東京に住んでいたのですが、この時のことはよく覚えてます。

ちょうど石原都知事が記者会見をするということで、家でこたつに入ってテレビを付けたところだったのですが、地鳴りのようなものが聞こえて、その後床の奥からひっくり返されそうな衝撃がありました。

世田谷で、震度5強だったと思います。

その後、ガスは止まり、電気も止まり、水だけは出てましたが、お風呂にも入れず、夜になるのが怖かった記憶があります。

阪神淡路大震災や湾岸戦争も、大きなニュースだったのですが、自分の身の危険をリアルに感じたのは、この時が初めてだったように思います。

都内では、コンビニからあっという間に食料が無くなり、電車も止まって、玉川通りは車の渋滞と歩行者で溢れかえってました。

普段当たり前にあるものが無くなった日常の中で、色んな情報が飛び交って、世間がパニックに陥っていく有り様を目の当たりにして、現実なのか夢なのか分からなくなったよう気分になったのをよく覚えていますが、今また、東京のスーパーで食料品が無くなっているようです

東京のスーパーで買いだめ行列登場 「安倍氏、緊急事態宣言の可能性」

私は東京には20年ほど住んでいましたが、特に23区は狭いところに人を無理やり押し込めたような街なので、何かあるとすぐパニクるイメージが強いです。

ちょっと電車が遅れたりとか、ちょっと道路を工事しただけで、そこの流れが止まって人がわんさかと溢れかえります。

合理化だけを進めた挙句、バッファーが無くなって災害に弱い、それが東京の街という感じがします(23区外は、少しはマシぐらいです)。

正解がなくても答えがある場合

福島第一原発の実際の現場はどんな状況だったのか、下手すれば東北一帯と関東にまで被害が及ぶ可能性があった「原子炉建屋との逼迫した”ある種の”戦い」の中で、現場の人たちがどのような思いで最悪の状況を脱したのか、映画であることも十分踏まえた上で観てました。

内容的なものは”ネタバレ”になってしまうので避けておきますが、感想としては、色々考えさせられる、映画だったように思います。特に今は、「コロナ問題」がありますので。

福島の事故では、放射線被害から身を守るための防護服やマスクで現場スタッフは対応に追われておりましたが、当時の東京では、マスクの品薄というより、電池とか水が先に店頭から無くなったと記憶してます。

電力が止まる=照明が点かない、ということで非常用のライトが爆売れしてたと思いますが、これも一つのインフォデミックでした。

インフォデミックというのは、先日ホリエモンのツイートで話題になりましたが、

噂(情報)の伝達により真実以上に事実が膨らんで伝わり、それが元で必要のないパニックを引き起こす

ことです。福島第一原発の事故の際も、これは少なからずありましたが、現場では災害(放射線や次の地震)が目の前にあるわけです。

・脅威と背中合わせにして対応しなければならない

・政府から、本社から指示が飛んでくる中、現場のスタッフが命を賭けている

・誰が正しいことを言っているのか、どこに答えがあるのか分からない

・未曾有の事態なので、経験則が役に立たないエリアがある

この状況で、大義が「日本を守るため」ですからね。とてつもないプレッシャーだったと思います。

今の「コロナ問題」で、「トイレットペーパーが無くなるかもしれない!」などと言ってる場合じゃありません。

先日も、宗像のナフコでトイレットペーパーを買い溜めしようとしている人を見かけましたが、「新型コロナ問題をゲーム理論で考える」にも書いたように、最良の選択が最良の結果を生むわけではないんです。

車を運転していて、危険が迫った時冷静に対応できるか、右に子供、左にお年寄りがいた時、どっちにハンドルを切るのが正解なのか、なんて、答えがそもそも無いんです。

それなら自分が死ぬ

は答えではありません。

正解はないが答えはある、そんなジレンマの中での戦いが、この映画の中で、描かれてたような気がします。

最後に

一つだけはっきりしてることは、あの時(福島の事故)東北と関東が壊滅する危険は確かにあった、ことです。実際にはそこまで被害が拡大しなかっただけのことです。

すると人は、喉元を過ぎたような感覚になってしまいますが、そこで体を張って、命までかけて尽力した方々がいたことを忘れてはいけないですね。

誰かがやるだろう

誰かがやれば自分もやる

こういう考えでは、全体としては改善しません。

個人では合理的でも、全体としては決して合理的な結果にならないことを合成の誤謬と言いますが、福島の事故で起こったことが日本全体で起き始めてるのではないかと危惧します。

SNSで、個人が自由に情報を発信できる今の時代、不要なリスクまで犯して自滅して行くのだけは避けたいものです。

 

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
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