令和地建株式会社
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2020年03月26日
本日のコラム

オリンピック延期は現実的にできるのか

毎日がこのニュースでうんざりなので、なるだけこちらでは触れないようにしたいのですが、オリンピック延期について少々。

テレビやインターネットのニュースで騒がれてますが、実際、オリンピックの延期って、できるのでしょうかね。

これまで「中止」したことはあっても、「延期」は一度も無いのですが、それだけ延期のハードルが高いということでしょう。

元々は紀元前776年世紀ごろに始まった古代ギリシャのオリュンピア大祭が起源とされてますが、今でいう利権争いや不正汚職が蔓延り、360年ごろに古代オリンピックは終了しました。(いつの時代でもあるんですねw)

その後1890年ごろに再び始まって今に至るのですが、その間も各種のスポーツイベントは世界中で行われており、今も、スポーツによってはオリンピックより世界選手権を重視する選手も数多くいます。

例えばバスケットボールなどはいい例ですよね。

ただ、オリンピックに的を絞った競技は多く、選手も、自分の人生を賭けて取り組んでる方も多くいらっしゃいます。

観る側ももちろんそれを楽しみにしており、多くの視聴者がいる=メディア利権という根深い構図があります。

その観る側視点は「仕方ない」で済むでしょうが、選考される(する)側の視点でいうと、延期というのは、果たしてできるのでしょうかね。

例えばサッカーは年齢制限がありますので、延期されたことで出場ができなくなる選手もいるでしょう。それはそれで仕方ないのですが、マラソンを選考し直すのか、ちょっと酷な気がします。

でも、1年経てば有望な選手も出てきますしね。

柔道はどうでしょうか。井上監督がまた涙しないといけないことになるのでしょうか。

陸上競技も、1年でタイムは大きく変わりますし、その他の競技でも正しい選考ができるのか、疑問が残ります。

でも、それは不可抗力で仕方のないこととして、選考しない、もしくは選考し直しで話しがまとまったとしましょう。

私が懸念するのは、そんなことより、

選考があやふやになると大会自体がシラけないか

1年後も無事に開催できるのか

この2点です。

シラけるかどうかは観る側とメディアの出し方でどうにでもなりそうですが、問題は来年もまだコロナ騒動が収まってなかったり、別のウイルスが出たりすることです。

そこでまた「延期」だの「中止」だの言ってたら、選手は身がボロボロになるまでその日に向け練習して時間をつぎ込んでいますからね。

来年行われる予定の世界選手権や別の大会も個別にたくさんあるわけですし、中途半端な根拠で「延期」してたら、傷口が大きくなるような気がしないでもないです。

こういう考え方は職業柄なのでしょうか。不動産の取引上では、「最悪のケースは起こる」ことを前提として、契約上の取り決めを行います。

例えば危険負担などはいい例です。(→民法改正〜危険負担〜参照)

「契約から引き渡しまでの間に第三者の知らない人が放火をして対象不動産が全焼した場合は、代金の引き渡しを拒むことができ契約の解除ができる」

今のこのコロナ問題のような未曾有のケースでは、そもそも前例が無いので判断基準そのものも無いのですが、さすがに現時点で中止とまでは言えないでしょうか。

そこで、現状を大きなトラブルなく、もっとも平穏かつ穏便に済ます方法は、延期というしかないんでしょうね。

とは言え最低でも利権や不正汚職が優先されて選手の人生が振り回されたりしないことだけは、くれぐれもお願いしたいところです。

 

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
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