令和地建株式会社
9:00-18:00
年中無休
2020年03月19日
民法改正

民法改正 〜危険負担〜

耳慣れない「危険負担」という言葉ですが、今年4月に施行される改正民法について、その中身を説明したいと思います。

まず、簡単に言えば、

債権者と債務者のどちらが「危険」を負担するかが明文化された、というのがその内容です。

ただ、それがもっとロジカルに理解できていれば、例えば、

売買契約後、最終代金の支払い(最終決裁)前に、家の一部が火事で損傷した場合、どちらがその費用を払うのか

などの不測の事態が起こった場合、民法や宅建業法上はどのような決まりになっているのかがお分かりいただけると思います。

全ては安心して、滞りなく、当事者間で契約と履行を行うための改正ですので、ぜひご覧ください。

 

「債務者」と「債権者」の関係

自転車の売り買いを例にとって見てみます。

まず上図において、Aさんは、Bさんに対して、自転車を引き渡すという債務を負います

Bさんは対価を払い、その自転車の引き渡しを受ける債権を有してます。

自転車の引き渡しという行為においては、債務者と債権者は以上のようになります。

(もちろん、金銭の支払いという行為においては逆です)

「債権者主義」と「債務者主義」

ところが、自転車が盗難に遭ってしまいました。

債務者であるAさんは、自転車を引き渡すという債務の履行ができません。

それでも債権者は自己の債務(代金支払い債務)を負担しなければならいのでしょうか。

これが、現行の民法では、払わなければならないとされてました。

「ん?」となりますよね。

法律の解釈では、契約が行われた(口頭でも良い)後、一方が履行不能に陥った場合でも契約自体は有効に成立するので、代金は支払わなければならない。一方で、自転車を引き渡せないなら、債務者の責任で盗難に遭ったものを取り返すか、別にまた同じもの用意して引き渡せば良い、という回りくどいものになっているのです。

現実はあり得ないことですよね。盗難に遭ったものが取り返せるかも不明ですし、同じものがあるかも分かりません。

この場合は、当然Bさんは代金支払い債務を免れることになります。

このように、Bさんを起点に考えると、Bさんが「自転車の引き渡しを受けることができない」という契約履行のリスク(危険)に対して、その負担をするという考え方が債権者が危険を負担するという意味で債権者主義、その逆で、 Aさんはお金をもらえず自転車も失った、つまり契約履行のリスク(危険)を負ったことになるので、債務者が危険を負担するという意味で債務者主義と言います。

債権者が危険を負担→債権者主義

債務者が危険を負担→債務者主義

もっとも、自転車の場合は、同じメーカーで同じものを用意できれば、それを引き渡せば済む話しですが、もしこれが特定物(対処となる物が特定されてる)不動産売買の場合はどうなるのでしょうか。

例えば一戸建ての場合、放火による火災があったと仮定します。

これまでは、「半焼以下のケース」「半焼以上のケース」「全焼のケース」などで分けてましたが、改正民法に伴い契約書の条文が以下のように変更されました。

(引渡し完了前の滅失・損傷)

(第10条)売主、買主は、本物件の引渡し完了前に天災地変、その他売主、買主いずれの責めにも帰すことのできない事由により、本物件が滅失または損傷して、修補が不能、または修補に過大な費用を要し、本契約の履行が不可能となったとき、互いに書面により通知して、本契約を解除することができます。また、買主は、本契約が解除されるまでの間、売買代金の支払いを拒むことができます。

2 . 本物件の引渡し完了前に、前項の事由によって本物件が損傷した場合であっても、修補することにより本契約の履行が可能であるときは、売主は、本物件を修補して買主に引渡します。

3 . 第1項の規定により本契約が解除されたとき、売主は、買主に対し、受領済みの金員を無利息にてすみやかに返還します。

 

これを解説しますと、まず「その他売主、買主いずれの責めにも帰すことのできない事由により」の部分が重要です。自転車盗難の場合、売り手も買い手も帰責事由がないことが前提でした(帰責事由…故意または過失に加えて、信義則上それと同視することができる事情を含む事由があること。負わせるべき法的責任。) 放火の場合でも同様で、売主買主双方に、責任がないことが前提です。

例えば、契約後引き渡しまでの間に気が変わり、買主が「契約を破棄したくなったが理由がない、よし放火されたことにして解除しよう」このような場合です。これはもちろん代金支払い義務は免れませんし、そもそも刑法で処罰されます。

売主の帰責事由としては、例えば引き渡しまでの寝タバコで火事を起こしたなどです。これも危険負担の問題ではなく損害賠償、修補など、契約不適合のお話になります。

改正民法ではこの契約不適合の責任問題についてはも大幅に変更されてますので、詳しくはこちらをご覧ください。(→民法の改正で不動産を売る時の注意点

次に、この部分、

「本物件が滅失または損傷して、修補が不能、または修補に過大な費用を要し、本契約の履行が不可能となったとき、互いに書面により通知して、本契約を解除することができます。」

修補の費用がとても大きくなってしまうような場合は、書面により通知して、契約が解除できます。口頭ではできませんので、ご注意を!

2項については契約不適合責任と重なりますが、損傷が修補可能な場合は、売主の費用で修補すること、が書いてあります。

3項は、解除の場合は受け取った金銭は無利子で相手に戻す、ということです。

「危険」が移転するタイミングは

今の現行の民法では、「特定物(代わりがきかない物)に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合」で、履行不能になった時は債権者が負担する債権者主義でした。

ところが実際の契約上では債務者主義が採られていたために、今回の改正民法ではっきりと、債務者主義に条文化されたのです。

また、その「危険が移転する時期」、つまり債権者(上で言う買主)が債務者に対しリスク(危険負担)を負わなければいけなくなるタイミングはいつ頃か、という部分ですが、これも、

改正民法567条1項前段

「売主が買主に目的物を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責に帰することができない事情によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。」

このように条文化されました。

つまり引き渡し以後は、買主(債権者)の負担になるということです。

こちらも「特定物売買の危険負担」と同じく、現実の世の中では不合理にならないよう、当事者間での契約書ではこのようになってる場合がほとんどなのですが、たまに「検査完了を持って引き渡したものとする」などとなってる場合がありますので要注意です(原則は民法の規定より当事者間の契約が優先されるので)。引き渡しが行われると、責任は買主に移りますので!

なので、危険の移転時期については、今後もよく条文を見ておく必要があります。

改正後の「危険負担」について

要点をまとめると、

・リスク(危険)を負担する側が、債権者から債務者に変わった

・リスク(危険)の移転時期については要注意

・契約解除にならない場合は契約不適合責任で修補や損害賠償が請求できる

改正は4月1日から施行なので、3月いっぱいの契約では原稿の民法の規定どおりです。

とはいえ、不動産売買においては宅建業法の縛りがあるので、そこまで大きく変更はありません。修補が可能な損害であれば売主の負担で行うこと、引き渡し後のリスクについては買主は請求できないこと、全壊などの場合は契約解除、です。

この危険負担の問題、実は日常の生活でもよく起こってます。

現実でよくある「危険負担」の問題

例えばメルカリなどで買った電気製品が動かなかった場合、誰が責任を取るのでしょうかという問題です。

売り手なのか、配達業者なのか、買い手なのか(買い手の場合は払い損)。

動産の場合は引き渡しでもって所有権が移動しますが、メルカリの場合はそれを「受領通知」で代替えてますね。

物が届いても、もし「壊れていたら」、引き渡しを受けなければ良いのです。つまり受領通知を送らないということです。

とはいえ、メルカリの事務局に問い合わせても、結局は本人同士で話し合ってくださいとしか言われないようなので、結局はトラブルが絶えないようですけどねϵ( 'Θ' )϶

最後に

身近なところで意外とよく登場してるこの「危険負担」。

今回の改正では「これまで契約ごとに条文で修正していた債権者主義を債務者主義に明文化」した点で、非常にわかりやすくなりました。

この債権者主義や債務者主義という言葉自体がなかなか日頃使わないので、危険負担という概念は分かっていても、言葉にされると意味がわかりづらくなってしまいます。

現行民法が、明治期に、不平等条約改正の条件として、フランスの民法を元に作られたものだったので、言葉の訳し方に違和感があったり、解釈や判例も積もるに積もって今に至るので、今年の大改正は全体的にかなりスッキリした、今風の作りとなってます。

他にも改正点はたくさんあるのですが、不動産売買契約に関連するものは、また別の機会に書いていこうと思ってます。

それでは。

→民法の改正で不動産を売る時の注意点

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
arrow_upward