令和地建株式会社
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2021年01月15日
本日のコラム

”日本”が引退しない為に

福岡でも緊急事態宣言がなされたようで、昨夜の福岡市内も車通りが少なかったように思います。

新型コロナが終息するまでは仕方がない

収束するまでは自粛と時短で乗り切ろう

みんなでワクチンを打って予防しよう

このような呑気なことを本気で言ってられるのは、実感の湧いてない一部の人か、よほど極端な給付金目当ての人でしょう。

実際、マクロ経済では、

生産の合計=支出の合計=分配の合計

です。

「生産の合計」とは、モノやサービスの生産の合計です。

「支出の合計」は、投資や消費の合計。

「分配の合計」とは、所得の合計のことです。

これらは一致します。これを(GDP)三面等価の原則といいます。

100円分のモノを生み出したら、それを誰かが100円で買い、100円の所得を得る

分かりやすく言えばこういうことです。

当たり前と言えば当たり前ですが、それをもっと大きな目線で見ると、

時短営業や自粛営業でモノやサービスの生産量が減ると、所得が減ることとイコールとなる

のが分かります。

ここで思い出されるのが、小泉元首相が2001年大相撲夏場所の表彰式で横綱貴乃花に言った

「痛みに耐えてよく頑張った。感動した! おめでとう!」

です。

日本人は、

痛みに耐えればいずれ好転するから今はみんなで耐え忍ぼう

というのが、何故か好きですよね。

ポイントは、「いずれ好転するから」の部分と、「みんなで」だと思います。

何の保証があって「好転する」となるのか、なぜ横並び一律に「みんな」でやらなければならないのか。

この辺りがいかにも日本的です。

ただ、現在の資本主義経済下ではそれほど単純な話ではなく、だれが耐えれば、別の誰かに被害が及び、その被害はまた別の誰かかの懐を直撃し、ほかの誰かの被害を生みます。

そうして被害は拡大していきます。

 

政府では、時短や自粛に協力した飲食店の取引先について、

中小企業 最大40万円

個人事業主 最大20万円

条件:前年同月比マイナス50%以上

という給付金が検討されているようです。

対象は今のところ1都3県(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県)となっており、時短要請に応じた飲食店への協力金上金も1カ月当たり最大180万円に引き上げる方針のようです。

これらで痛みは耐えられるのでしょうか。
耐えたところで、また再発しないでしょうか。

廃業や倒産すれば、経済のパイは縮小します。

そこで働いていた人は、別の仕事をしなければならないのでどこかの職に就くことになると思われますが、おそらく非正規雇用が多くなるでしょう。

当然、以前より所得は下がるので、それはイコール生産の縮小でもあります。

そうやって、国の生産力(=供給力)が衰えます

これら給付金は、当時の貴乃花にとっての痛み止め。

一時的に回復した気にはなるかもしれませんが、本質的な解決にはなりません。

さて、こちらの記事では

◆ワクチンと健全な投資が進めば今年は多くの国で経済成長できる

◆野放図な国債買取りは通貨の信認を失いインフレを招く

大きくはこのようなことが書かれてますが、経済規模世界2位の中国が「新興国」になってるのが不思議なところではあります。

貴乃花はその後7場所連続休場、8場所目は怪我を押しての出場で準優勝。そこでまた新たに怪我が連鎖し、引退ということになりました。

スポーツの世界ではその後の人生がありますが、国に「その後」はありません。

あるとするならどこかの国の属国になるか、吸収されるか、傀儡政権を建てられるかです。

そこまで先のことを考えずに、目先の安心や利益だけを追って、

「いずれは」良くなるから「みんなで」我慢しよう

テレビは正しい、政府は正義!

などと無責任な価値観で行動してると、取り返しのつかないことになってしまいます。

今必要なことは、

正しい予防と正しい経済政策

ではなかろうかと思うわけです。

正しい予防とは、正しいリスクを知って正しい対処をすること。

デフレ下での正しい経済政策とは、シンプルかつ需要創出を生むマクロ経済政策のこと。

痛み止め(ワクチン)でその場を凌いで、起こってもない恐怖(ハイパーインフレーション)を煽ってるばかりでは、この大怪我は治りません。

今は消費税をゼロにして、インフルエンザと同程度の感染症5類にして病床を確保し、マスコミの過剰報道をやめなければ、この先、本当に日本の引退(=総貧困化、属国化)となってしまいます。

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
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