令和地建株式会社
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2021年01月11日
本日のコラム

悪魔の証明

アメリカ大統領選挙は、バイデンさんが勝利、20日に就任式で正式決定という流れが既定路線ですが、実際まだ色々と揉めてるようです。

先日の記事でも書きましたが、不正の疑いがあるのであれば、それはしっかりとした証拠を提示し、明らかにしなければいけません。

当然、不正のあった集計は無効です。

逆に、不正が無いのに、無かったことを証明しろ、というのは、悪魔の証明になってしまいます。

<悪魔の証明>
「この世に悪魔は存在しないと主張するのなら、それを証明してみせろ」と迫ること。
証明不可能な事柄について「証明しろ」と迫る態度や言動のこと。

要するに、無い事は証明できないんですね。

浮気をしてないのに、浮気をしてない証拠を見せろ、と言われたら、

それは悪魔の証明です、

と切り返せば良いのです。

これを不動産で例えると、中古の戸建の場合、

瑕疵(欠陥)が無いことを証明しろ

と言われるようなものになりますね。

無い事は証明できません。これを「消極的事実の証明」と言います。

「消極的事実の証明」が困難な理由は簡単で、

単に証拠のいずれかが発見できてないかもしれないから

という可能性が残ってるからです。

家で例えるなら、目視できない柱の内部にシロアリがい、などでしょうか。

確かに困難ですね。

逆に、「ある」ことの証明は、「積極的事実の証明」となり、これは発見すれば事が済みます。

こちらも家で例えるのであれば、家の中にネズミがいるかいないかの調査です

柱の内部のシロアリに比べれば、調査は容易に可能です。

このように、「主張する者は証明を要し、否定する者は要しない」というのが法諺となっておりますので、現在のアメリカ大統領選では、

トランプ陣営が7つの州での不正投票の証拠を提示する

と主張しているわけです。

バイデン陣営は、「ない」ことの証明ですので、悪魔の証明、つまり立証困難なのですが、トランプ陣営は「ある」ことの証明ですので、具体的にそれを提示すれば良いわけです。

その提示が、昨年末、最高裁で不採用となりました(司法が立ち入る案件ではないとの判断)。

そのまま年をまたいで1月6日、ペンス副大統領が各州の集計作業の報告を受けている際、先述した騒動が起こったのです。

大部分のメディアではトランプ支持者が議事堂に突入し、死者が出た、と報道してますが、真偽のほどは定かでありません。

それ以降の経緯としては、

◆突入したトランプ支持者の中に、民主党側の極左集団が紛れていた

◆ナンシーペロシ下院議長のノートPCが押収された可能性も。中には不正選挙、外国勢力、極左組織との関連の証拠があるという噂。

◆トランプ大統領のTwitter、Facebookのアカウントが(永久)凍結

◆下院がトランプ大統領弾劾の決議案を提出したが、却下

◆Parler(SNS)がAWSサーバー(Amazon)から削除され、AppleやGoogleでDL不可となった

◆ポンペオ国務長官が台湾との接触で「自主規制」を撤廃すると発表

◆ドイツ、フランス、ブラジルの大統領が、SNS企業(ビックテック)のトランプ大統領に対する規制について非難を発表

◆トランプ大統領が緊急事態が存在することを承認、ワシントンDCに州兵が集結

◆日本時間明日未明、トランプ大統領が声明か

大まかにはこんなところでしょうか。

元NY市長のジュリアーニ弁護士や、軍事裁判の資格を持つシドニーパウエル弁護士、リンウッド弁護士らが、「ある」ことを証明するために現在闘っているようですが、バイデン陣営としては、「ない」ことの証明は困難なので、これ以上の暴動などが起こらないよう、目下、トランプ大統領の罷免を要求する動きをしていたようです。

日本の報道では一貫して、「トランプさんを不支持、バイデンさん持ち上げ」の記事が多いですが、そのような偏向無しに現在の状況を見ても、現状では1月20日にバイデン大統領が正式に就任する流れとなっているようです。

ただ、これだけ不正や暴動が起こった後の大統領。

果たして、まともな政権運営ができるのでしょうか。

どさくさに紛れて数ヶ月〜1、2年後、まさかの

次期副大統領(カマラ・ハリス)が繰り上げで大統領就任

なんて流れにならなければ良いのですけどね。

実は私はこれを一番懸念しております。

「悪魔の証明」は

「ない」ことの証明は困難で、それを要求、脅迫すること

を指しますが、今、トランプ陣営がやってることは

「悪魔を証明」

になってないでしょうか。

そんな気がする今日この頃です。

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
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