令和地建株式会社
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2020年12月16日
本日のコラム

言論と報道の自由とは

「温暖化」という声はどこへ行ってしまったんでしょう。

今日は、早朝1℃、昼間でも8〜9℃。

海水温はまだ17℃ぐらいあるので、ウェットスーツを着てればそれほど寒さは感じないものの、風が冷たく、冷蔵庫の中でボールの中に浮かんでるキャベツのような気分でした。

現在、地球全体としては長期(1000年単位)では寒冷化に向かってるものの、短期(100年単位)では明治以降、温暖化に向かってるそうです。

その辺り結構変動が大きく、例えば聖徳太子の生きていた時代(600年代)は、最高気温でも25℃を切っていたそうです。

それ以降の温暖化した時代は、平安〜鎌倉初期の頃ですが、それ以降は寒冷期が長く続き、明治に入ってから温暖化傾向となっているようです。

何れにしてもここ数十年は温暖化傾向ではあるものの、それが疑わしいほどの強い寒気で、今年は特に寒い冬になりそうな予感がありますね。

「新型コロナ」に限らず、世の中には様々なウイルスが存在しますが、これだけマスクをし続けても「感染者が拡大!Goto休止!再自粛か!?」などと毎日言われるなら、マスクする意味無いじゃんと言いたくもなりますが、最近、ちょっと高いマスクを買ったので、防寒の意味も含め引き続きマスクは継続しようと思っております。

そういえばひところ、アルコール除菌!エレベーターでボタンを押すときは手袋で!とか騒いでおりましたが、未だにそういう方、いらっしゃるのでしょうか。

ちなみにですが、

仮に、肺炎で亡くなった場合。

新型コロナのPCR検査をして陽性と出たら、「死因は新型コロナ」でカウントされ、それを報告すれば病院には数十万〜数百万円の補助金が出るそうです。

これ、どう見ても、死因は「肺炎」だと思いますけどね。

あと、最近出てきたワクチンについても、通常、この類のウイルスに対するワクチンは、数年〜10年近くは最低でもかかるそうですが、まだ1年も経っておりません。

さすがに「ワクチン義務化」まではすぐには無いと思いますが、これも社会を分断する材料になっていきそうな雰囲気があります。

「Goto」が直接的な原因であるという立証がなされていないにも関わらず、落ち込んだ経済に対して一定の効果があったこの種の対策を、継続するだの中止するだの、ちょっと右往左往し過ぎじゃないでしょうか。

そもそも寒くなればウイルスが活性化し、さらに乾燥で飛び散るので、感染が広がることは誰でも分かっていたことです。

逆に、夏ごろおさまってたのは、夏だから、でしょう。

別に「律儀な日本人」が原因ではありません。

こうも簡単なことで一喜一憂してしまう人間というのも、メディアに流されやすい凡庸さ、から来るのでしょうか。

防衛大学校時代は、雪が降ろうが何だろうが、毎朝上半身裸で寒風摩擦後、宿舎の清掃までしておりましたが、寒さも体を鍛える(免疫力をあげる)ためのもの、とプラスに捉えると良いのではないかと思います。

ただ、冷やし過ぎると本当に風邪ひきますので、くれぐれもほどほどに!

基本は、体は温めることで免疫力が上がります

こちらの記事では、すでにこの秋〜冬の感染拡大はピークアウトし、春に向けては収束に向かうだろう、とのお話をされている学者先生の記事が書かれてます。

「目玉焼きモデル」は、とてもわかりやすいので、是非ご参考までに。

 

さて、今月の21日からTwitterでもまた規制が強化されるそうです。

Twitterが新型コロナワクチンに関する陰謀論の削除をユーザーに求める

新型コロナワクチンに関する「デマ情報」や「必要ないとするツイート」「不完全または文脈外の情報」については、削除の対象になる、とか。

一瞬、「えっ!?」となりますが、これは言論統制ではなく、実は一理あるんです。

「民主主義」の名の下に、何を言っても、何をどう主張してもOKと野放図にすると、社会の分断化が加速します。

「自由」というものには「責任」が伴いますが、SNSはまだまだ発展途上で、人間社会に溶け込ませるにはその守備範囲の対象が未だ不明瞭です。

これを機に、「インターネットなんだから何を言ってもOK」的な風潮が、少し改善されていくといいとは思います。

ただ、それならついでに大手マスコミの「偏向記事」や「印象操作」も何とかすべきとは思いますけどね。

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
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