令和地建株式会社
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2020年12月05日
本日のコラム

高効率選択社会とは

アメリカ大統領選挙の不正投票、日本ではあまり報道されてないようですが、本当に不正があったとなると、もはや映画を超越。前代未聞。人類茶番劇の舞台裏が暴かれてしまう事態になるかもしれません。

とは言いましても、実は「不正選挙」自体は、これまでも海外ではよくあってたことみたいですね。

日本人はDNA的に性善説が強いので、選挙は正しく行われるもの、という価値観が先行しますが、海外は、「嘘も突き通せば真実となる」「勝った者がルールを作る」という傾向があります。

例えば、江戸時代というと、鎖国、閉鎖的、海外から遅れている、というイメージがあると思います。

その前の戦国時代というと、群雄割拠で勇ましく、カッコいいイメージがどこかありませんか?

明治は欧米列強の文化が入り華々しい発展を遂げた

その前の江戸時代は閉鎖的で暗い

その前の戦後時代は織田信長や豊臣秀吉などのスターが次々と誕生!

その前の室町時代は朝廷が権力を持っており、どこか暗い

このような印象がもしあるとすれば、これこそまさに戦後教育によって作られた、日本の歴史イメージだそうです。

明治維新を美化するためには、その前が悪くないといけない。

江戸は暗い→戦国時代は勇ましく華やか

となるわけです。
 

もちろん、日本国内においても、歴史のイメージが、後に作り変えられることはよくあります。

例えば、「明智光秀が、主君織田信長を裏切った」という話も、実際は少し違います。

最近の定説では、織田信長が、恐れ多くも当時の正親町(おおぎまち)天皇の上に立ち、自らが神になろうとしてたのを、朝廷・公家勢力が明智光秀を使って止めた、という説が有力になってます。

その後の秀吉が、朝廷から関白(朝廷の代理人)という地位を与えられたことからも、この説が有力視されるようになってきたのですが、それだと、単純に光秀の”裏切り”と切り分けるのも、ちょっと変な感じがします。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

と言いますが、その歴史自体が捏造されてたり、妙に作り変えられたりしてると、正しく学ぶこともできませんね。

先ほどの織田信長の例でもう一つ、

明智光秀によって、本能寺で暗殺された

のも、事実としては正しいのですが、正確には、

明智光秀によって本能寺で暗殺されるまでの間、運良く生きながらえてきた

という見方もあるそうです。ずいぶん印象が変わりますよね。

これまで、何度となく暗殺未遂があったらしく、そもそも戦においても、何度も負けて殺されそうになってます。

裏切り者がいつ出てもおかしくない状況だったので、護衛を周りに付けていたのですが、その護衛のTOPが、明智光秀だったのです。

びっくりというか、裏切りがあるときはこんなもんですね。
もし、もっと下っ端に裏切られたとしたら、本人に到達する前に、護衛にヤられますから。

つまり、

織田信長=戦国時代のスター

明智光秀=裏切り者

の構図自体が、後から付けられたイメージなのです。

このように、歴史や過去の出来事は、後の権力者や政治的な力によって変えられてしまうことが間々あります。

この4年間、トランプさんは傲慢で、自分第一で、人種差別主義者で…というイメージ、どこかあるかと思います。

実際は、

◆今回の選挙で黒人、ヒスパニックの票が前回より増えた

◆歴代大統領で唯一、新しい戦争を始めていない

◆経済をV字回復、特に中流層(ホワイトカラー)の賃金と雇用が増えた

◆年収は1ドル

他にも色々ありますが、要は見る角度や報道のされ方によって、印象は変わるんですね。

情報化社会と言われて久しい現代においては、その”情報”自体が一つ一つ、疑わしくなってます。

逆にいうと、その情報化社会という現象に、こちら側が利用されないように注意しなければならなくなってます。

情報化社会は終わり、これからは、自らが多くの情報からより効率よく選別する社会、高効率選択社会になりつつあるんじゃないかと思うのです。

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
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