令和地建株式会社
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2020年10月20日
本日のコラム

イデオロギーを超えて

宗像市は秋の爽やかな天気が続いておりまして、絶好のスポーツ日和、釣り日和、外出日和となっております。

25日が投票日となっております宗像市議会議員選挙の告示がありまして、夜の8時ごろまで慌ただしく選挙カーが走っておりますが、弊社のある東郷橋付近は、3号線からのアクセスも良く、東郷駅と赤間駅のちょうど間なので、車通りや人も多いこともあり、様々な候補者が行き交ってます。

誰をどの基準で選べば良いのか、イマイチ分かりづらいのですが、投票には毎回必ず行くようにしております。

参考までに、こちらを→選挙ドットコム

投票と言えば、憲法解釈の点で「一票の格差」問題があります。

これは、各都道府県や地域で有権者数の数が異なるために、候補者が当選するために必要な票数が、それぞれ異なることから起こってる問題ですが、私はそれでも良いと思ってる派です。

一部の憲法学者や弁護士が、憲法14条「法の下の平等」を持ち出しこれを批判しているのですが、この「格差」を無くしてしまうと、国単位で決められる政策が、全て「都会寄り」になってしまいます。

地方などの人口の少ない地域の意見が反映されにくくなり、より地域間格差が広がることにもなるので、ある程度の格差は仕方がないと思うのですが、最高裁は違憲と判断。

その後国会で2020年以降「アダムズ方式」というのが取り入れられることが決まり、「0増6減」などで応戦。

未だにすったもんだやっておるようですが、私はそれより問題にしなければならないのは、

世代間による「一票の格差」

ではないかと思ってます。

少子化が進む現在、若い方が選挙に行かない理由の一つに、

行っても変わらないから

というのがあると思いますが、そりゃあそう思うでしょうね(下図参照)。

この図で一目瞭然ですが、20代の方が極端に少ないのが分かります。

そもそも民主主義という多数決制度自体が大変危険なものであることは、以前の記事でも少し触れました。

にもかかわらず、これからの日本を背負って自分たちも暮らしていかなければならない若い方と、団塊以上の世代の方が、これだけ数に差があるのに「同じ価値の一票を持つ」というのは、如何なものかと思うのです。

もっと言えば、いくら若い方がインターネットやSNSで正しいことを学び、真実を知ってそれを政治や政争に生かそうとしても、年寄りの数の規模に負けてしまいます。

これは、如何なものかと思うわけです。

選挙で勝って既得権益はもらって「ハイさようなら」では、日本○○会議と同じではないでしょうか。

他人のことをとやかく言う前に、まずは自分の足元を見ることはとても大事です。

11月3日に投票を控える「大阪市廃止、特別区設置のための住民投票」いわゆる「大阪都構想」の問題も、なぜか松井市長が進退をかけておられますが、一体この方はどこを見て政治に携わっておられるのでしょう。

大事なのは、「維新の会の行く末」ではなく、市民や国民の生活だと思いますよ。

あなたが選挙で勝つか負けるかではなく、住民の幸せを優先的に考えてくださいよ、と思うわけです。

念のため書きますが、私は右でも左でも、新自由主義者でもケインジアンでもありません。そのようなイデオロギーで分断すること自体が、既得権益を生んで、長い間の長期低迷を生んでいる原因だと思うのです。

新自由主義が良いか悪いかはここではあえて書きませんが、日本の技術や企業が海外に売られ、歴史までもが他国に都合良く改ざんされ、国土まで奪われていくのは、さすがに見てられません。

そのような志で、選挙戦の訴えを行って頂ければ、もっと政治に関心が湧いて良いのかと思いますが、どうでしょうか。

今日は波津漁港で2匹m(_ _)m

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
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