令和地建株式会社
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2020年09月13日
本日のコラム

空気を醸成する空気

「自粛警察」や「マスク警察」と言われて久しい、今の世の中ですが、そもそも同調圧力がとても強く、ムラ文化が遺伝子に組み込まれている日本においては、海外と違い、あまり強く反対意見を言う人も少ないようです。

ドイツで「反コロナ」デモ 新型ウイルス規制などに抗議、300人逮捕
(BBC)

極右、反ワクチン、家族連れが入り乱れる奇妙なドイツのコロナ対策抗議デモ
(NEWS WEEK)

「反ワクチン」がなぜ「極右」になるのか理解しがたいのですが、そもそもこの国、「国内雇用を守るために移民を抑制しよう」と言っただけで「極右」と言われますからね(笑)

困ったものです。

こういった動き、日本ではほとんど起こっておらず(あってもニュース報道されない)、「なるだけ自己主張はせず、その場は穏便に」やり過ごす文化が根付いているようです。

それはそれで良い部分も悪い部分もあるのかもしれませんが、この「コロナ騒動」、私は当初から一貫して「騒動」と言っていたのは、お気付きでしょうか。

新型(と言われている)コロナウイルスそのものの怖さより、それが社会に与えている影響がとても大きく、危険なのです。

というわけで、こちらのニュース。

マスク拒否男性、安全阻害は遺憾 ピーチ機利用「搭乗前要請なし」

北海道の釧路空港から関西空港に向かうピーチ・アビエーション機内でマスク着用を拒否し、客室乗務員を威圧したとして臨時着陸した新潟空港で降ろされた30代男性が12日、共同通信の取材に応じ「健康上の理由で長時間マスクをするのが難しい。客室乗務員に簡単な質問をしただけなのに安全阻害行為と判断され遺憾だ」と語った。(後略 KYODO)

昨日からこのニュースが多かったので、関連した記事を2〜3つ読ませて頂きましたが、男性の主張は、騒いだわけではなく(元々声が大きい!?)、健康上の理由でマスクを拒否しただけ、航空を阻害するつもりはない、とのこと。

それに対し航空会社側は、単に席を移動してもらうようお願いしただけなのに、コックピット付近まで来て騒ぎ立て、言うことも聞かないから、航空の安全を考慮して緊急着陸した、ということです。

これは、どう見ても航空会社のとった行動が正しいです。

マスクの効果については、ウイルスの直径がマスクの目の1/10〜1/30とかなり小さく、するする通り抜けるので意味が無い、という主張をたまに目にしますが、マスクの効果は大きく2つあると思います。

一つは、少なからず飛散防止効果があること

二つ目は、周囲が安心すること、です。

つい最近までは、「新型コロナ」より怖いインフルエンザの流行時期でも、これほどマスクを強要されたことはなかったにも関わらず、なぜ今、これだけマスク警察が多いのか。

確かに疑問はありますが、マスコミ報道や世界の医療機関の発表などを見聞きした国民が、実際に、「公の場ではマスクが必要」という世論を形成しているという事実がある以上、それに同調しない限りは公の場から退場を要請されても仕方のないことです。

私も、このブログでは散々、「コロナリスク」については疑問符をつけてますが、スーパーや役所などでは必ずマスクをしています。

酸素不足で息苦しい時は、人のいないとこまで行って酸素吸ってます。

ほんと下らないと思いますが、「心配する世論」がある限り、「社会に迷惑をかけない行動」をすることは、社会人として当たり前です。

もちろん、世論が変わることを期待してます。

みんな期待してます。

でも、「合成の誤謬」で、集団になると判断を間違えるのが人間というものです。

いくら個の主張が正しくても、それが「集団の常識」とはかけ離れていることを理解しておかないと、社会は乱れます。

その「集団の常識」を作るのに大きな役割を果たすのが「マスコミ」だから、「マスコミはすでに崩壊している」と、多方面から言われているわけです。

「大衆迎合」や、戦時中の「大本営発表」などと揶揄する意見もちらほらありますが、その元になってるのは「社会の世論=空気」です。

それは一人ではどうすることもできません。

無理に変えようとすると、逆にその「空気」がまた別の「空気」を醸成して、事態が悪化していくこともあり得ます。

あくまでも「公の場」と「自分一人の場」を使い分けつつ、今の状況を乗り切っていきたいものです。

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
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