令和地建株式会社
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2020年09月03日
本日のコラム

保守脳とリベラル脳

台風の影響で昨日は一日曇りがちで、所々で雨も降っておりました。

週末から次の10号も来るようで、日本らしいというか、次から次へと休みなく自然現象が襲いかかってきております。

日本人が日本人である理由の大部分は、この「自然災害」によるものだと言われております。

同調バイアスがとても強く、ムラ文化で集団を形成。

少しでも集団の法則に従わない人がいれば、瞬く間にそれを排除しようと敵視し排除しようと行動します。

私は、その文化が嫌いなのですが、自然災害に対しては、そのように集団を作って助け合うことで生きながらえてきた国ですので、遺伝子的には「正当化されてやむ無し」なのでしょう。

誰かを「除け者にする」とか「みんなで攻撃する」とか、例えそれが犯罪者であっても、卑怯だと思います。
規則や法律に背いたのであれば、規律や法律によって裁けば良いのにも関わらず、完膚無きまでに攻撃をやめないような人も一定数、存在します。

全くもって進歩なし。革新的な人はどんどん、都会へ流出していってしまう理由の一つも、それだと思うのです。

「右翼」と「左翼」という言葉がありますが、これの語源はフランス革命時期の「国民議会」での席の配置なのです。正確には、

右翼=保守、穏健

左翼=共和、革新(リベラル)

です。

脳科学的には、人間誰しも、「どちらか」に偏っている傾向があるらしく、それは遺伝子的な種類(ドーパミンD2受容体の個体差)によって生まれつき、ある程度決まっているのだそうです。

当然、育つ過程で色々な価値観が入って来るので、一概に言えるものではありませんが、あくまでも”統計的に”そうなってるのだそうです。

「誰かを除け者にする」のはどちらでしょうか。

これまでの歴史や習慣を守り、排他的に誰かを阻害要因として決めつけ、抹消しようとする脳、明らかに「保守脳」です。

逆に、「除け者にされる側」は、どちらかというとこれまでの”常識”を破って新しいことをしようとする脳、革新的な「リベラル脳」です。

この、「保守脳」と「リベラル脳」の対立が、学校で起こる「いじめ 」の原因だったりするのです。

子供はそこまで深く考えないので、ただ「なんとなく」やっていることでしょうけど、そもそも生まれつきの「脳の構造」上の価値観の違いなので、どちらが正しい、間違ってる、とかのお話ではありません。

子供が大人になる成長過程で、先人たちの失敗や成功談を学び、価値観の多様性を身に付けることでそのような対立を無くそうと、いや、無くなれば、良かったのですが、残念ながら子供のまま成長してしまう大人も、少なくないのです。

かくいう私も、日頃から気をつけなければならないのですが、問題の本質は目の前で起こってることだけではありませんので、使い分けは大変困難を極めます。

政治となると、なおさらです。

脳科学者の中野信子先生は、「自分と異なるものを理解できず、互いに許せない」と感じてしまうことを「正義中毒」と呼んでおります。(→「人は、なぜ他人を許せないのか?」

「集団にそぐわない人を排除しようとする」

「マスクをしない人を排除する」

「新型コロナ」のリスクをいう人も、だいぶ少なくはなってきましたが、時期総理と目される菅さんも、「新型コロナの対応を優先的に」とおっしゃっております。

その一方で、「Go to」ですから。

答えは見えてるのでしょう。本音と建前の使い分けだと思われます。

人が正義中毒に陥ると、ドーパミンが分泌されているので、いわゆる「気持ちいい」状態になってます。

ドーパミンは快楽物質なので、当然そこでは理屈や事実に基づいた正しい判断もできなくなります。

そして「中毒」ですのでタチが悪い。
自分が陥ってる自覚も、おそらく無いのかもしれません。

「いじめ」をする側も、いじめてる感覚は無いのかもしれません。

かと言って、いじめられる側が、いじめる側にいくら歩み寄っても、解決はしません。

中毒に陥ってますので。

 

「新型のコロナウイルスは、風邪より少し感染力が強いが、致死性はインフルほどではない」

といくら言っても、「保守脳」でマスクをしている人は、マスクを外すことはないでしょう。

ニューヨーク大学の社会心理学者であるジョナサン・ハイト教授によると「リベラルは、保守には勝てない」のだそうです。

自分が保守かリベラルか、は大した問題ではなく、一つ一つの問題ごとに、

保守的に処理するか、リベラル的に処理するか、

を正しい認識のもとに共有できれば良いのですが、なかなかそうもいかないですね。

そんな時は、

保守脳に支配されて正義中毒に陥ってしまってるな

と、こちら側が理解してあげるしか方法がないのです。

悲しい現実でもありますが、一時も早く「コロナ禍」が収束することを願っております。

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
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