令和地建株式会社
9:00-18:00
年中無休
2020年07月24日
本日のコラム

資本主義経済下での利他主義とは

深夜に雨が降っていましたが、線状降水帯ができている模様です。

「新型コロナ」と「線状降水帯」にはもううんざりですが、災害リスク的にはどちらも同じで、いつ自分の身に降りかかってきてもおかしくはありません。

また、自分でなければいい、という考え方は日本人には馴染まず、特に宗像市で不動産を扱う身として、土砂災害や浸水による被害はどうしても心配になってしまいます。

こういう大雨の際は、取引のあった家、これからの家、扱う賃貸不動産を中心に見回りに行くことが多いのですが、今日の天気に関していえば、とりあえず「午後には雨は止む」そうです。

関連記事

色々な防災系サイト

線状降水帯とは

この大雨でウイルスが全部流れてしまえばいいのに、と思いますが、「新型コロナ」の一番のリスクは何度も言うように、「マスコミリスク」です。

マスコミが、危険を(なぜか過剰に)煽って世論形成し、行政が動かざるを得なくなってる

というリスクです。

医療崩壊!などとマスコミは騒ぎ立ててますが、例えば人工呼吸器は国内総数4万5千台のうち、すぐに使えるものは2万2千台ぐらい。そのうち、新型コロナで使われているのは600台ぐらいだそうです。

病床数もたくさんあるのに、あまりに騒ぎ立てるので、稼働していない病院ばかりで閑散としているそうです。

しかも検査数をむやみに増やすので、軽症者までが入院し、本当に入院が必要な重症者は後回しにされてるそうです。

さらに、「3密を守らない場合は罰則」とか、「自粛をしない店は規制をかける」とか、悪い意味で共産化してしまったようなことが平気でマスコミから流れてくるあたり、もう世も末。日本人も相当に白痴化されたなと危惧します。

そもそもスクランブル交差点で、ハロウィンのバカ騒ぎをやるようになった少し前あたりから、感じていたのですが、戦後教育の賜物でしょうか、常識がないというか、極めて利己主義的に、

人生一度きり、楽しまなければ意味がない
他人に迷惑をかけさえしなければ、何やってもいい

これを言う若者が増えたような気がします。
もちろん以前もいましたが、特に目につくぐらい、増えたように感じます。

私は東京で若者相手に十数年、仕事をしてたのでよく分かるのですが、そもそも地方から東京に集まる若者は、大体が利己主義的です。

利己主義とは、

「自己の利益を重視し、他者の利益を軽視、無視 する考え方」

です。自己主義とは単に自分のことだけを考える考え方で、利己主義は、そこに利益の概念が入ります。

対義語は利他主義で、これは、

「自己の利益よりも、他者の利益を優先する考え方」

どちらかに偏っても歪になりそうですが、最近は都会を中心に利己主義の方に偏り過ぎてるのではないかと思うのです。

反論もたくさんありそうですが、そもそも都会とは、そういう場所な気がします。

資本主義経済と都会は、基本、比例関係にあり、資本主義経済=利己主義です。

ピケティのR>Gはまさにそれで、資本の増加率は経済成長率より早いペースで膨らんでしまい、結果、格差が肥大します。これは利己主義以外、何者でもないですね。

それに対し、昔の日本の農地制度は、一見利己的ですが、蓄えたものを非常時にはみんなで分け合うという利他的な面もありました。神社が高いところにあるのは、そこにコメを蓄える貯蔵庫のようなものがあり、水害から守るという意味合いもあったそうです。

そして戦後、西洋の資本主義思想が入ってきて、さらに最近ではグローバル化が加速する中、都市部から先に「利己主義的な考え方が普通で一般的」であるかのような価値観になってきたのではないでしょうか。

ですが、そもそも人口密度OECDダントツTOPで自然災害大国である日本において、利己主義だけじゃ生き残れません。

人口を江戸時代の3千万人ぐらいまで減らせばそれでも可能かもしれませんが、そのうち火山が噴火するか大地震が起きて、それもまた滅びるでしょう。

ところが人間には、行動経済学でいう「時間割引率」という心理作用がありまして、将来起こりそうなこと楽観視してしまうのです。

関連記事

「ダイエットの決心はなぜ揺らぐのか」

この、大陸の資本主義経済とグローバル化、都市部への一極集中、時間割引率という3つの相互作用により、若者から先に利己主義化していってるように思います。

この「利己主義化」を、もっと口語的に言い換えると、

今だけ、金だけ、自分だけ

政治や行政も歪んで支離滅裂なことばかりやってる原因は、これではないでしょうか、と思うわけです。

ちなみに、利己主義という価値観の下で自己実現を突き詰めると、人を殺めます。
その「利己主義と自己実現の関係性」については、また別の記事で取り上げたいと思ってますが、

資本主義を追求した挙句、国全体が利己主義になる

という自体だけは避けたいものですね。

資本主義化が進めば経済合理性を求め都市部への一極集中が進み、利他主義から利己主義的になっていきます。また、そうでなければ生き残れない現実もあります。

反対に、地方へ行けばいくほど、利他主義的で、田舎では、

「野菜持ってきたよ」

「じゃあ(お礼に)魚持っていきな」

が未だにあるわけです。

どちらが良い悪いの話ではありませんが、少しでも良いので、非常時に、

マスクの取り合いではなく、マスクの分け合いが起こる

ような社会になればと、思うわけです。

 

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
arrow_upward