令和地建株式会社
9:00-18:00
年中無休
2020年07月19日
本日のコラム

「考え直す」きっかけに

今年の夏は、祭りも無し。花火も無し。プールも無し

何が楽しみで生きていけば良いのか分からなくなりそうなので、ここ最近の記事では「幸せ」について、少し語りました。

関連記事

幸福の逆ザヤ現象

一喜一憂せずに「塞翁が馬」

戦後教育のせいか、ついなんでも数値化してその「答え」を出そうとしてしまいますが、「幸せや楽しみの感情は数字では表せない」ことについて、語っております。

夏の楽しみを「花火」に頼っていた自分、行く先を考えようとせず、夏と言えば「海」「プール」「祭り」などを連想していた自分。

良い悪いではなく、そういう自分に気付いたことに意義があるわけで、仕事面や生活面でもこれまでの「当たり前」が「当たり前でなくなった」時に、初めて気づかされることはたくさんあります。

昨夜はそういうことを考えながら、人知れず、夜の闇の中で釣りをして参りましたが、考えてみれば、「原始時代」に戻る機会なんてそうそう無いわけで、この「コロナ騒動」で浮き彫りになってしまったことも、数多くあります。

ある意味、コロナ騒動がなければ、そのままスルーされてたようなことも、半ば強制的にスルーできない状況にされてました。マスコミに。

日本ではコロナよりも恐慌を招くほうが怖い

こちらの記事で、枩村 秀樹氏 (日本総合研究所 調査部長・チーフエコノミスト)は第2波に向けて3つの提言をされております。

①判断基準を感染者から死亡者へ

②指定感染症の解除

③国民への正しい情報提供

この3つに共通してるのは、「過剰な不安の煽り過ぎはやめましょう」ということです。

感染者数だけ追えば、検査自体が日を追うごとに短時間で可能になってきているので、増えるに決まってます。

指定感染症は、感染症法第6条「当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある」が根拠ですが、死亡者数や重症者数を見ても、それに該当するとは思えません。

この数字で「指定感染症」に指定していたら、インフルエンザも全て該当してしまう矛盾が生じます。

まるで「自粛」と「Goto」のように。

③についてが、最も重要だと思うのですが、これがマスコミが絡んでいるので厄介です。

日本のマスコミは、政権側に立っており、「西欧のジャーナリズムを形だけ真似して権力に迎合してる側」なので、公共の役には立ってないですね。

よほどSNSなどの、「民間記者」の方が真実を伝えてることがよくあります。

公共の電波という本来国民の財産であるはずのものを独占的に支配したテレビ局と、それを傘下に持つ「新聞社」が主に世論を形成。官僚もそこに天下り。

この癒着関係で、国民の利益より先に、自分の利益が優先してしまってます。

正しい情報が提供されるわけがありません。

「昨日の新規感染者は600人超!過去最高!」

これだけを切り取り、「新規死亡者は1人」とは、どこも記事にしてないです。

かくいう私も、記事を書く記者の一員になればこうなってしまうのかも知れませんが、そこに行き着く前にクビになってるでしょう。本当のことを書いてしまうので。

「数字の取り扱い」と「空気の取り扱い」には、もっと気を使ってほしいものです。

大手の新聞社や大手の広告代理店は、今やコネ入社ばかりだそうですが、

それは、コネ同士の利害が一致してるから、です。

これが、戦後数十年に渡ってコツコツと繰り返され、今ではある大手広告店は、2/3がコネ入社。残りの1/3で会社を支えてる、というのが実態だそうです。どことは言いませんが

権力に権力で対抗すると、新しい権力がさらに別の権力を振るいますので、改善しません。

そういう時の一番の対処法は、「逃げる」ことだそうですが、それはミクロでは正解でもマクロでは正解にならない「合成の誤謬」です。

これを機に、遊び方や生活のあり方の改善ばかりをマスコミは強要してきますが、

マスコミの在り方自体も考え直す、きっかけになると良いですけどね。

 

昨晩釣ったうなぎ君↓

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
arrow_upward