令和地建株式会社
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2020年06月20日
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宗像市の深い歴史を学ぶ

不動産業をやっていて、必ず「埋蔵文化財包蔵地であるか否か」について、調査をする義務があります。

この「埋蔵文化財包蔵地」とは、正確には「周知の埋蔵文化財包蔵地」と言い、

地中に埋蔵された状態で発見される文化財(=埋蔵文化財)」を包蔵(内部に含んでいる・包み隠している)する土地、またはその範囲のこと

です(Wikipedia)。

意外と知られてないのですが、宗像市内や福津市内でも、まだまだ遺跡が残ったままで「発掘しきれてないエリア」というものが多く存在し、

福津市の福間南の団地内で、売家の売買後、敷地内の木を撤去しようとしたところ、何かしら遺物のようなものが出てきた

宗像市内、国道3号線の光岡の交差点付近で売地の売買後、住宅建築のための掘削作業中、縄文〜弥生時代のものと思われれる昔の柱跡が出てきた

このような事例が実際にありました。これが特に珍しいことではないのが、宗像市〜福津市の歴史の深さでもあるのです。

例えば、江戸時代というと、どうしても「江戸の街」を思い出してしまいますが、ここ宗像市にももちろん江戸時代の暮らしがありました。

教育大前駅近くの赤間宿〜原町の街道は、実際に豊臣秀吉の朝鮮出兵でも使われたのだそうです。

人口でいうと、江戸時代の初期で1200万人ぐらい。

これが、鎌倉時代まで遡ると700万人ほど。

平安時代で600万人前後。

奈良時代は450万人ほどで、その前の飛鳥〜古墳時代は不明らしいですが、古墳時代より昔の弥生時代(紀元前600〜300年)で60万人ぐらいだったので、おそらく100〜300万人ぐらいだったのではないかと言われてます。

弥生時代より前の縄文時代は、ピーク時でも26万人。
もっとも減った時期で8万人とも言われてますので、この頃からのものも含め、ここまで広い範囲で多くの遺跡が出てくる地域、というのも全国的にも珍しいのではないでしょうか。

例えば、今の釣川、昔は海の入江だったらしく、海岸線も宗像市役所付近まであったそうです。もちろん「道の駅むなかた」も、当時は「海の中むなかた」でして。。

2017年、福津市の「新原・奴山古墳群」が世界遺産登録されましたが、これが5世紀後半〜6世紀後半のもの。

具体的には弥生時代後、大化の改新(乙巳の変)前までの古墳時代のものになるのですが、それより前にも後にもまだまだ謎の多いこのエリア。

そんな「宗像市の歴史や文化」を手軽に学べる施設が、こちら「海の道むなかた館」なのであります。

それではどんな施設か、簡単にご紹介していきます♪( ´θ`)ノ

場所

宗像大社の真横なので分かりやすいかと思います。

国道3号線「光岡の交差点」から車で12分。東郷駅から車で8分ほどの距離です。

東郷駅からバス(往復)も出ていますが、本数は少なめです。

「宗像大社前」で下車します。

入り口では例の…

まずは入り口で”例の儀式”を。

あと、マスクを着用していないと中にも入れませんので、ご注意ください。

市の施設は何かと厳しいですが、入館料は無料ですので!

壁一面に歴史解説

写真とイラストに解説文付きで、宗像市や福津市近辺の歴史が書かれてます。

ここのコーナーを読み進めるだけでも結構な物量なのですが、普段何気なく通ってる道路脇が遺跡が発掘されたところだったりするので、びっくりです。

旧3号線沿いの「田熊石畑遺跡」なんて、昔はコンテナが置いてあってカラオケやってましたからねw

隣にCD屋さんがあって、、懐かしい場所です。

他にも、知らない遺跡や立ち入り禁止の場所などもあるみたいで、歴史の深さが伺えます。

実際の遺跡が間近で

あまり載せると楽しみがなくなってしまうのでこの辺にしておきますが、まだまだたくさんあります!

先ほどの「田熊石畑遺跡」から出土した実際の青銅や、翡翠の勾玉など、国の重要文化財まで展示してあります。

写真もありますが、この辺りは是非生で!

飲食コーナーや図書館も

ちょっとした休憩はこちらでできます。

座れるスペースも数カ所あり、野外のテラスもありますので安心ですね。

図書館は、こちらは分館になります。

冊数はそこまで多くはなさそうですが、ざっと見た感じ、昔読んだような定番本などは揃ってる様子でした。

最後に

ざっくりと、ではありますが、以上です。

全部読んで歴史に浸り、休憩を挟んでも正味1〜2時間ぐらいでしょうか。

十分に「宗像市〜福津市」の歴史が勉強できると思います。

実際に自分が住んでいる場所や、これから住もうとしている場所がどういうところかを知ると、重みというか、後代への責任というか、それらを感じるのが本当の歴史なのではないかと思います。

日本全体で見ると、実は最も多くの遺跡が出土しているのが関東。

そして4大文明(5000年前など)よりもっと前、世界最古の土器は1万6500年前のもので、青森県の大平山元遺跡で昭和50年ごろ発見されてます。

(その数ヶ月後、近隣のある国が、それよりさらに古い土器が発見された!と主張しておりますが、根拠が乏しいのでスルーしておきます)

一般に縄文時代は、世界が温暖化して行くなかで発展していったものと思われてましたが、それより前のまだ寒冷期、旧石器時代後期にすでに土器が作られていた、つまり文明があったという驚くべき発見だったんです。

日本列島では11万年前には石器(打製)が使われてたことが分かっており、磨製石器が登場するのが3万年前。その後、重なるように縄文時代へと入っていきます。

弥生時代に稲作が栄え、古墳時代と呼ばれる頃は豪族が跋扈します。それに歯止めが効かなくなった挙句起こったのが大化の改新(乙巳の変)。

本格的に「天皇」を中心とする「日本」という国づくりが始まって行くのですが、それらの流れを傍から見ていた宗像の地。ロマンがありませんか?

このロマンを、手軽に身近に感じることができるこちらの施設「海の道むなかた」。

是非おすすめです♪( ´▽`)

《海の道むなかた館》
期間:9:00~18:00
休館日    :月(月曜日が祝日の場合は翌日)
所在地    :〒811-3504  福岡県宗像市深田588 MAP   TEL:0940-62-2600

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
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