令和地建株式会社
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2020年06月12日
本日のコラム

映画「三島由紀夫 vs 全共闘」

時間を限定しての営業ですが、イオンモール福津のTOHOシネマズ、再開しております!

なかなか時間が取れずに行けなかったのですが、時間を見つけることができたので早速行って参りました。

ここのところ面白い映画のチェックをしていなかったのですが、3月に公開されていた分で気になってたのがあったので、こちらを↓

もちろん、ナレーションが東出さんだから、、というわけではありませんm(__)m

 

三島由紀夫さんと言えば、私の中でのイメージは、

本当のことをズバリと言い過ぎて共同社会から隔絶されてしまった方

という感じでしょうか。

今の世の中、テレビや会社でもコンプライアンスというものがしきりに言われるようになり、本当のことを言うと疎外される傾向が、年々、どんどん強くなっている印象です。

テレビ番組に出演している人たちのコメントも、みんな判で押したように、同じことばかり、「右に倣え」で言ってますね。

発する言葉の軽いこと。中身も主張もなく、無難に当たり障りのないように、聞いてるこっちは暇で仕方がありません。

そこで気づいたことは、

そもそもテレビで正しい情報収集をしようとしている自分が悪いのではないか

ということです。

そこで最近はテレビはほぼ観なくなりましたが、こんな今、時代に逆行するかのような三島由紀夫さんの強い主張、魂のようなものを感じてみたくて、実際にリアルな生の声を大画面・大音量で聞いてみたくて、気になっていたのです。

映画のネタバレになってはいけないので突っ込んだ話はできませんが、ここでいくつか三島さんの有名なお言葉を。

私は民主主義と暗殺はつきもので、共産主義と粛清はつきものだと思っております。共産主義の粛清のほうが数が多いだけ、始末が悪い。たとえば暗殺が全然なかったら、政治家はどんなに不真面目になるか、殺される心配がなかったら、いくらでも嘘がつける

というものがあります。強烈ですね。

戦中に生まれ(1925年)、戦後を多感な時期に育った彼は、生まれた当初から体が弱く、そのせいで戦争に行けなかったのだそうです。

でも、周りの同級生の多くは戦死。

その後のGHQによる統治が始まり、憲法も作られ、色々な思想の歪みや世の中の不条理のようなものが、頭の中を交差してたのではないか、と思います。

上の言葉も、確かにその通り。

というか、今風に言えば、

殺される心配があるから国民に嘘をつく

ではないでしょうかね。深い話になるのでやめておきますが、映画の中でもこのような強烈なセリフが所々、出てきます。

何より、東大の学生さんとの討論会での三島さんの言葉の使い方がとても美しい!

これぞ日本人というか、あんなに東大の天才達や記者たちを目の前にして、あの演説のような話しっぷりは、もう天才としか言いようがありません。

あまり内容は触れないでおきますが、その饒舌な口調と、学生たちとの言葉の応酬、決して論破するわけではなく優しく受け止め、分かり易く解説しながら所々に笑いを入れる。

天才も、ここまでくるともう呆れてしまいます(*⁰▿⁰*)

崇高なものが現代では無力で、滑稽なものにだけ野蛮な力がある

これも有名な言葉ですね。話題性をさらった人が、選挙で勝つ。その話題性はマスコミが作る。大衆心理の恐ろしさのようなものでしょうか。

先日もある番組の出演者に不幸がありましたが、SNSが広まった今、特にこれは当てはまってるように思えてきます。

理想的な「他人」はこの世にはないのだ。滑稽なことだが、屍体にならなければ、人は「親密な他人」になれない

これも深いですね。解釈は分かれるかもしれませんが、確かにその通り、と頷いてしまう自分が、どこかにいます。

自分という存在がいて、他人がいる。その他人から見れば自分は他人。親密という定義は色々あると思いますが、主体が自分でなければ他人が存在しない以上、他人が「理想的」になるわけではない、ということでしょうか。

哲学的ではありますが、突っ込んむとどこまでも深掘りできそうな言葉ですね。

この世に一つ幸福があれば必ずそれに対応する不幸が一つある筈だ

最後にこちら。

私は「世の中はプラマイゼロ」という座右の銘を持っております。(他にもたくさんありますが)

深さが全然違うとは言え、三島由紀夫さんのこの言葉も、同じような意味合いでしょうか。

あと逆説的に、一つの不幸があればそれに対応する幸福が一つ、はないのでしょうかね。
その辺も聞いてみたいところではありますが。。

 

享年は私と同じ45歳。なんと13歳ごろに短編小説を発表したそうですが、文才というか、言葉の使い方というか、幼少の頃よりその才能は先生を驚かせてたそうです。

戦中から戦後〜高度経済成長と、日本が復興する過程において、得たものもあれば失ったものもあります。

その”失ったもの”が日本にとってとても大切にしなければならなかった、という思いが、誰よりも強かったんだと思います。

そんな彼が、東大全共闘から呼ばれ、単身一人で乗り込んで挑んだ東大教養学部900号室での2時間半の討論のドキュメンタリー映画、「三島由紀夫 vs 全共闘」

そこには右も左もなく、ただただ、純粋に戦後の日本を憂う若者と、戦争の歴史を辿った天才が思想的知見をぶつけ合う、そんな映画です。

まだ14:40〜の公開のみ残っておりますので、ご興味のある方は是非!

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
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