令和地建株式会社
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2020年05月17日
本日のコラム

あの人なら

ちょうどGWが終わるのを待っていたかのように、急に感染者数が減り、全国的に緩和の風潮が出ているようです。

思い起こせば、緊急事態宣言が出されたのが4月8日ごろだったと思いますが、最初は特定エリアだけだったのが全国に広がり、「次の判断の目安は5月6日ごろ」とされてました。

その間、営業止まるわ経済止まるわデリバリー始まるわ外出も禁止されるわ、東北大震災時より日本中がパニックになってたと思います。

それが我慢の限界とばかりに、首を長くして待っていた5月7日の首相の会見。

ところがなんと! 

「自粛の延長」

数日前から情報が出てたので特にびっくりはしなかったのですが、その後の、まるで国民の気持ちを察したかのように、今度は

「特定エリア以外は緩和

さらに、

「特定エリアの中でも一部は緩和」←福岡はこれ

痺れを切らした東京や大阪の都心部でも我慢の限界とばかりに営業が少しずつ再開しているようです。

【緊急事態解除されていない東京や大阪、夜の人出増加…銀座23%・心斎橋20%】

新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言が39県で解除された後、各地の繁華街で夜間の人出が増加したことが、ソフトバンク系列のIT企業「アグープ」のデータでわかった。宣言が解除されていない東京都や大阪府、北海道でも人出が増えており、「自粛疲れ」がうかがわれる。

私は職業柄か、言葉の節々に目がいってしまうのですが、「自粛疲れ」ってなんですかね。

自粛:自らすすんで行動や態度を慎むこと

我慢大会をやってるわけではないので、疲れるのではなく、正確には

「自粛を強要されたことによる、精神的圧迫と経済的困窮による心身の疲弊」

ではないでしょうかね。

それを略して「自粛疲れ」といってるのでしょうが、ニュアンス的に

自らすすんで慎んだ結果、疲弊した

ように聞こえます。私は。

要は、

責任のなすりつけ合いをしているんです、日本全体で

自分に非が来ないように、責任の矛先が向かないように、言葉をうまく使いまわして、逃げ回ってるようにしか聞こえませんね。

↓これもそう

【西村大臣、39県解除で「あちこちで気の緩み」 人出の増加に警戒感】

 緊急事態宣言が39の県で解除されてから初めての週末を迎え、西村経済再生担当大臣は、「気の緩み」を指摘したうえで、感染の第2波への警戒を呼びかけました。
「あちこちで少し気の緩みが見られるのかなと、大変心配しています。韓国やドイツの例で見られるように、(感染の)第2波が来ると思わなければいけない」(西村経済再生相)
西村大臣は、緊急事態宣言が続く東京や大阪などでも人出が増えていることをあげ、気の緩みを指摘しました。
一方、東京では、7日連続30人を下回る14人の感染が新たに確認されたほか神奈川で12人、千葉で8人、北海道で7人、埼玉で5人、大阪と愛知でそれぞれ2人など全国であわせて54人の感染が確認されました。
また、全国では東京の11人を含む19人の死亡が新たに判明し、これで国内の死者は760人となりました。(TBSニュース)

これで仮に今後感染者が増えた場合、

「あの時注意したにもかかわらず」

と言いたいがために、布石を打ってるんですね。

深読みかもしれませんが、その後、

「注意したにもかかわらず、国民が言うことを聞かず気が緩んだせいで感染が拡大したわけなので、第2波に関しては給付金は出しません

こう来るような気がしてます。

もしこうなった場合、

それなら解除しないで1波の給付金や補助金を延長でもらった方がマシだった

ということにもなりかねません。

深読みし過ぎでしょうかね。

不動産売買をずっと続けていると、深読みグセが付いてしまうのかもしれませんが、不動産の場合だと、

水道管が破裂した場合

擁壁の亀裂が大きくなり、半年後、傾いた場合

台風の横風で雨漏りがあった場合

いろんな状況を想定して特約を書いていると、そうなってしまうのかもしれませんね。

ただ、国vs国民という対立構造になると、権利関係や義務範囲の特定がとても複雑化するので、ありとあらゆるの「布石」が必要なんでしょう。

この責任のなすりつけ合い、日常ではいろんな箇所で見られます。

先日行ったラーメン屋でも「手を洗ってください」と言われましたが、これもそう。

スーパーに行くと「マスクを着用してください」と貼り紙がありますが、これも同じ。

なにかあって責任を追求されたとき

ちゃんと対策はしていた

という、一つの既成事実、証拠の実体なんですね。

もちろんその効果を期待してる部分もあるかとは思いますが、割合的には、免責的な意味合いの方が強いでしょう。

それを民間がやる分には、今のご時世、仕方のないことだとは思いますが、

国がやってどうすんのよ

と思ってしまうのです。うがった見方をすれば、

最終、責任は持ちませんよ

と聞こえてしまいます。

そもそも、税金で給料が保証されてる国会議員や大臣が(大臣は民間人でもなれますが)そのようなことを仰っても、どこか響くものがありません

何でもかんでも他人のせいにし、国や自治体に補助や給付金を求める姿勢はあまり好きではないのですが、

自粛の期間やエリアがコロコロ変わったり

そもそも「自粛するよう要請する」という行政指導なのに、実体は国民の権利義務の範囲を特定している行政処分だったり、

緩和したかと思えば「気が緩んでる!」と指摘してきたり、

ほんと見苦しい。もはや何が言いたいのかさっぱり分からないですね。

保身第一で、自らの出世と利権のために責任の矛先から逃げることばかり考えず、

国民は自由に明るく元気に日頃の経済活動をやってください!

すべての責任は私が持つ!

こういうことをズバッという政治家、出てこないですかね。

こういう人なら、たとえ自粛と言われても、誰も文句言わず従うと思うのですが∧( 'Θ' )∧

(昔、いましたね)

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
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