令和地建株式会社
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年中無休
2020年05月06日
本日のコラム

自助・共助・公助で!

GW最終日の水曜日ですが、全国的になかなか大人しい連休だったようです。

皆様はいかがお過ごしだったでしょうか。

宗像市〜福津市は、と言いますと、道の駅やナフコ、くりえいと宗像が混んでいて、海沿いの方は、ぱらぱらといった感じでした。

パチンコ屋の方は、私は行ったことがないので分かりませんでしたが、休業してるお店が多かったように思います。

パチンコ店騒然、客と自粛派どなり合い 市職員は横断幕

新型コロナウイルスに対応する特別措置法に基づく千葉県の休業指示に応じない松戸市紙敷のパチンコ店「アムディ東松戸」に対し、同市の本郷谷健次市長が5日、同店を訪れて営業を自粛するよう求めた。市長の同店への直接要望は、指示が出た3日に続き2度目。(後略 朝日新聞社より)

この休業の指示、行政側からすると、新型インフルエンザ対策特別措置法45条3項に基づく行政処分、「休業の指示」です。

新型インフルエンザ対策特別措置法45条3項

施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康 を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認め るときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを指示することができる。

前項の規定というのは、要するに施設の使用制限や停止のことです。(その他、消毒液を設置してください、などもあります)

その対象になってる施設というのも決められているのですが、主には、映画館や百貨店、美容室や塾関連、その他ホテルなどの大型施設などです。

この行政処分が発令されてしまうと、その対象業種は、指示を受けることになるのですが、その指示に従わなかった場合、店の名前や住所、処分の内容やその理由等を公表されるんです。

そうすると、具体的な罰則はなくとも、かなり大きなダメージを喰らいます。

銀行の融資なども受けづらくなり、社会的信頼も損ないます。

もっともパチンコの場合、その後「行政処分による指示に従わなかった」からと行って、警察が踏み込んで「営業停止」ということに、今のところはなってません。

普通は、こういう指示処分に従わなかった場合は、営業停止などの罰則が課せられます。

何故、パチンコはそれが無いのでしょう!?!?

不思議ですね。

この新型コロナ、人から人より、モノから人への感染力が強いのも一つの特徴です。

パチンコという遊興の特性上、どうしてもモノとの接触機会が数多くあるので、このような行政処分がなされるのも理解はできるのですが、だからと言ってこの行政処分に従い、店が潰れたら、それはそれで自己責任

無症状感染者が多い

再生産数が1を切った

感染して既に抗体を持っている人が3%いた(5/3 神戸にて)

個人的にはあまり突っ込んだ意見を言える立場ではないのですが、日々変わる状況の中、各業種や各団体が、それぞれに応じた予防措置を取って行きつつ、再開に向けた準備も滞りなく進めていってほしい、とは思ってます。

 

「公園でサッカー」「店が営業」 住民イライラ、警察通報相次ぐ

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛が続くなか、外で遊ぶ子供などに危害が及びかねないケースや、警察に通報されるケースが相次いでいる。5日は子供たちの歓声が聞かれない静かな「こどもの日」となった。コロナ禍でストレスがたまるなか、将来を担う子供への視線が冷たくなっていないだろうか。

最近、車を運転していて、無用なクラクションをよく聞く気がします。

クラクションというのは「出来るだけ鳴らさないこと」と、教習所で習った気がするのですが、弊社のある「東郷橋」付近でも、まるでクラクションのオーケストラや〜と言いたくなるほど、よく鳴ってます。

気のせいでしょうか。

イライラするのもよく分かるのですが、他人に当たっちゃいけないです。

ましてや子供に(u_u);;

子供は全く関係ない…どころか、こんな社会になってしまって申し訳ないぐらいの気持ちがあって然りではないですかね。大人として。

社会が今、分断されてます。

自粛警察反自粛に。

どちらが良いとも思いませんが、こういう時は往往にして

間を取るのが正解となる場合が、多くありませんか?

自粛しつつ、経済は少しずつ再開していく

分断統治とまでは言いませんが、こういう時こと自分たちで出来ること、自助・共助・公助で、お互い助け合っていきたいものです。

この記事を書いた人
薙野 秀貴 ナギノ ヒデキ
薙野 秀貴
お釈迦様の有名なエピソードですが、ある日弟子が「良き友を得ることが聖なる道の半ばだと思えるのですが?」と訪ねたのに対し、お釈迦様は「道半ばではない、聖なる道の全てだ」と答えたそうです。ここで言う「良き友」とは、人生上で起こる様々な苦しみや悩みから解放してくれ、同時に学びや喜びを共感してくれ幸せを気づかせてくれる存在です。それは時に上司だったり部下だったり、先生だったり師匠だったり、旦那さんや奥さんであったりするかもしれません。それをお釈迦様は人生で最も尊重しうる「友」としたのですね。 インターネットやSNSの浸透で、より早く、より膨大な量の情報、そして人へのアクセスが可能になりました。 その中から種々選択する毎日に追われ、現代は、情報化社会から選択社会になったかのように感じてしまいます。 令和が始まったそんな時代、我々も不動産という仕事を通じて、皆様にとっての「良き友」に少しでも近づくことができるよう、努力して参りたいと思っております。
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