2020-08-01
買主が、購入した物件の敷地の擁壁に、ひびやスラブの老朽化が見られるということで、それが隠れた瑕疵にあたるとして、売主や仲介した不動産業者に代金の減額請求などをしたという事例です。
言い出せばキリがない、擁壁のひび。
スラブというのは、遮音性や断熱性を高めるために、鉄筋を張り巡らせて20㎝ぐらいの空間をもたせた床材、屋根材の構造のことです。
スラブとは
訴訟の概略
概略を簡単に説明しますと、
①買主は中古の家を1950万円購入した
②敷地内に、老朽化した擁壁やスラブがあった
③買主は擁壁のひびの存在を知らなかった
④買主は購入後、建物を解体し転売したが、安くなってしまった為、その差額分(約300万円)を売主と仲介業者に訴訟請求
⑤却下
ということです。
買主の請求と特約内容
買主は、宅建業者に対しては「重要事項説明義務違反」、売主へは「契約にかかる重要な事項についての告知義務違反」で、当初、老朽化した擁壁とそれに接続するコンクリートスラブの撤去費用、850万円の請求でした。
その後、当該物件が転売できたために、購入した当時の金額とのその差額300万円の請求に変わりました。
ポイントは、当初購入時の特約です。
内容は、
◆建築物を建築する場合、地盤補強工事等が必要になる場合がある。同工事等を行う場合は買主の負担と責任において行う
◆買主は、敷地と隣接地間に高低差があり、建物を再建築する場合、関係行政庁より、擁壁工事・建物基礎工事等につき指導を受ける場合があること及び、(南側)擁壁は検査済証が発行されていないことを了承の上、買い受ける
となっておりました。
重要事項説明とは
不動産売買の際、不動産が特定物という特徴を持つことから、ほとんどすべての契約で、その物件ごとに「特約」が付されます。
不動産売買では、契約前に「重要事項の説明」を、それなりの資格を持った人間が売主、買主双方に対し行います。
買主はそれを了承した上で、契約行為を行うわけですが、当然、「重要事項の説明」を受けたからといって、必ず契約をしなければならないというわけではありません。
重要事項の説明とは以下。
重要事項の説明とは
この中に「契約条件」「その他確認事項」という項目があります。
それらで、物件ごとの特別な事情がある場合は説明するのですが、もし、納得いかなければ、そこで断っても良いのです。
弊社では(私は)必ずそこで一呼吸置くようにしてます。
というのも、「一貫性の原理」で、人はつい流れのままに契約してしまうからです。
そのような手法は使いたくないので、必ず「よろしいですか?」と確認し、時間を置いてます。
それでも人間、いざその場になると舞い上がってしまうものです。
かと言って、細かな部分を気にしてたら、買えなくなってしまいます。
そこで不動産売買では、「重要事項説明を聞いて、納得すれば、売買契約」という流れを崩さないよう、宅建業法で厳しく決められております。
本事例での合意内容
さてこの事例では、仲介に入った宅建業者も、特約事項で擁壁とスラブについての説明をしております。
<ポイント>
・地盤や地耐力について、強度が不足してる可能性があること
・擁壁の安全性と強度について、法令不適合の可能性があること
・これら瑕疵について、売主の担保責任(契約不適合責任)は免除されること
契約がなされた場合、これらについても合意がなされたものとされます。
判決の主旨
実際の主文はとてもわかりづらいのでポイントだけまとめますと、
◆擁壁の修補範囲は全体で、ひびだけのものではない
◆ひびによる安全性の瑕疵は、特約内容(責任免除合意)の瑕疵に含まれる
◆スラブを付け替える必要(蓋然性)は無い
結果、
宅建業者の説明義務違反、及び売主の告知義務違反はない
とされました。
買主が主張する、擁壁のひびや、敷地内のコンクリートスラブについては、重要事項説明の特約内容で、説明が尽くされてる、と判断されたわけです。
もう一度特約を見てみると、重要になった文面は、
「建物を再建築する場合、関係行政庁より、擁壁工事・建物基礎工事等につき指導を受ける場合がある」
この部分であることがわかります。
この文言に、擁壁のひびも想定されており、スラブについては特に危険箇所でもなく、また、
「建築物を建築する場合、地盤補強工事等が必要になる場合がある」
とあるので、「買主はそれを知った上で購入した」と判断されたわけです。
まとめ
不動産売買の際、仲介業者が説明をする特約の内容の範囲が、どこまで含まれるか、について争われた事例です。
買主は、「ひびとは聞いてない」
仲介業者は、「検査済証の無い擁壁と老朽化したスラブがあることは知らせた」
裁判所は、「ひび自体が補修を必要とするものではなく、老朽化したスラブも安全性に問題があるとは言えない」
としました。
逆を言えば、このひびが瑕疵に該当し、修補ないしは代金減額などの請求が認められるのであれば、古い擁壁には何らかのひびがだいたいあり、その旨が特約にない契約は、全て請求できることになってしまいます。
たとえ契約後にできたかもしれない、小さなひびでも。
そこで、このような可能性のあるものは、特約で免責(担保責任の免除)をするわけです。
ただ、3m以上のがけに面するような土地の場合、建物建築で高さの倍以上、セットバックしなければならない「がけ条例」というものがありますが、その説明義務違反で 2000万円の損害賠償が認められた判例も過去にあります。
不動産売買は、売主、買主、業者、それぞれがリスクを背負います。
責任転嫁ばかりしていると訴訟になり、費用と時間が余分にかかります。
そこで、間を取ってメリットの最大化を計るのが仲介業者ですが、最後には売主、買主の信頼関係、譲り合いが問題を解決します。
本事例は、転売時の価格減少分で争ってますが、そもそも転売すると価格は下落することが多いのも事実です。
問題の本質を見誤ると余計なトラブルにも発展しかねませんので、売る側も買う側も、そして仲介業者も注意が必要ですね。